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好み-終 [好み]

その後、僕らは付き合うようになった。彼氏と彼女というのが適当だかどうかは
わからないが、そういう関係だった。たいてい、彼女が休みの日の日曜日の
午後からあって次の日の朝まで一緒、というパターンだった。
セックスフレンドとしては彼女は疑いなく超一流、第一級の存在、能力だった。
かなり年が離れた、だがとても美しい女性を連れて歩いているとよく他の男たちから
羨望のまなざしを浴びることがあった。いわゆる熟女好きの、年上の女好きの
男たちだが世の中には結構そういった(僕から見ると)同好の士がいるらしかった。
彼女も誰かの注意を引いていることには気づいているらしかった。
見せつけるようにレストランで僕にものを食べさせたり、体をすり寄せる
ようにして通りを歩いたりした。
人々のあからさまな、好奇心に満ちた視線から逃れるように暗がりの路地に入ると
激しくキスを交わした。そしてしゃがみ込んで僕のズボンを脱がすと口や手を使って
僕を射精に導いた。そう、セックスに関しては本当に満ち足りた幸せな時期だった。
奇妙なことに彼女への愛情はあまりなかった。ただただ強い性欲が
僕を支配していた。
仕事をしていなかったら、二十四時間彼女とやっていたに違いない。
不思議なことにこういうときには他の女の子にもモテるらしく、何人かがアプローチ
してきた。会社の派遣社員の子、付き合いでいった合コンで知り合った子
太ってから誰1人寄ってこなかったことを考えると、これはちょっとした珍事だった。
1人にモテるということは全員にモテることだ、という格言通りだった。
もっとも痩せてシェープアップしたわけではなかった。体重は一時期減少
気味だったのだが(おそらく、えっちばっかりしていたからに違いない)近頃、また
増えだしてきた。
原因は彼女にあって、実はこれが僕らの関係が終わる要因となった。
それは付き合いだして三ヶ月後のことだった。僕らはいつも通りに食事に出掛けた。
一緒に食べに行くのはいつも焼肉、ステーキ、とんかつなど肉類、それもかなり
カロリーの高いものだった。お金はいつも彼女持ちで、僕のほうも抵抗
無くそれを受け入れていた。彼女は運ばれてきた自分の料理には申し訳程度
に口をつけるだけで、いつも僕に一生懸命、できるだけ多く食べさせようとしていた。
最初はこれも彼女流の愛情表現だと勝手に解釈していたのだがある日
それが大きな間違いであることに気づいた。
「たまには魚が食べたいな。お刺身とか寿司とか」
ある晩、そのようなことを口に出してみた。本当に久々に寿司が食べたかったのだ。
すると彼女は
「あら、駄目よ、いっぱい食べてもっと大きくならないと」
と愚にもつかないことをいいだした。
「大きくっていったって中学生じゃあるまいし、もう背は伸びないよ」
僕がそういうと
「いいのよ上に伸びなくても、横に伸びれば」
と平然と言いはなった。その言葉の意味はすぐには理解できなかったのだが
なぜか悪寒にも似た、ほとんど戦慄にも近い何かが僕の胸をぎゅっと締め付けた。
心筋梗塞ではなかろうか、と一瞬青くなったほどだった。翌々日、営業で
外出している最中に、僕はいつものようにマクドナルドでサボりながら彼女の
言葉の意味を考えていた。
ノートPCを開いて一通りメールの返答をした後、Yahooのページを見ているうちに
ふとあの時の記憶が頭に蘇ってきたのだ。隣にはやはりサボっている
ビジネスマンが僕と同じようにパソコンでなにやらやっていた。どうやら株の
オンライントレードらしい。
隣の隣には授業が終わった女子高生四人がきゃっきゃきゃっきゃと騒いでいた。
ひょっとしたら僕をなるべく太らせようとしているんじゃないだろうか?
ブロイラーのように高カロリー、高タンパクの食事をできるだけ沢山与えて・・・
ひょっとしてデブセン?
そう考えると、全て辻褄があった。そういえばママさんって最初は僕に全然関心
無かったよな。美香に振られて、つまり醜く太りだしてから、なんだか彼女の態度が
がらっと変わったような気がする。最初は気づかなかったが・・・
このまま行くと、動けなくなるぐらい太ってしまうような、実際にはあり得ないことだが
そんなことにもなりかねないような気がしてきた。じとっと湿っただがはっきりとした
恐怖感がその瞬間に胸に浮かんできたのを今でもはっきりと覚えている。
人一倍我が身がかわいい人間だからだろうか、その後ほどなくして彼女と別れる
ことになった。セックスがまったく無くなってしまうのは耐え難かったのでまず
僕のことを好きな子のうちの1人を彼女にしてから、ママさんと別れることにした。
はっきりいって彼女の後では誰とやってもえっちは味気ないことこの上
なかったが、我ながら不思議なことに、関係をおしまいに
することができた。きっと命に関わる危険が我が身に迫っていることを本能的に
察知していたのだろう。あのまま続けていたらきっと本当に厄介なことになって
いたに違いない。ただ、あの時を超えるような気持ちのいいセックスは今
現在に至るまでまだしたことがない。その後風俗も行くようになったのだが
(当然神田さんに連れられて)あれはあれで普通のセックスとは似て非なるもの
だということを最近理解した。
ある部分命がけだったからあのような快楽を味わうことができたのだろう。
それも最近わかったことだ。


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好み17 [好み]

その後のことは、ちょっと言葉にし難い。一言でいうと極楽だろうか。
ママさんに手を引かれるようにして近くのラブホに入った。
部屋にはいるとすぐに抱き合いキスをした。ねっとりした感触が
僕の舌にからみついた。やわらかく、心地いい。ゼリーの中で泳いでいる
ようなそんな感じだった。なにかに急かされるようにお互いの服を脱がしあい
それ待ちきれぬように自分で脱いだ。
バスルームで、シャワーを浴びあいまた、キスをした。その後促されるように
腰掛けると、今度は全身を洗ってくれた。泡まみれのまま手でこすられたときに
たまらなくなって僕は射精した。あっという間だった。お湯で流すと今度は
かがんで口でしてくれた。さっき一回達したにもかかわらずすぐに大きくなった。
こんなに気持ちのいい体験は生まれて初めてだった。同い年ぐらいの女の子と
えっちするのが馬鹿馬鹿しくなりそうだった。実際、この時の体験以来僕は
35過ぎの女の人でなければ性欲を感じなくなってしまった。
どうすれば、こちらが気持ちいいかちゃんと心得ていてそれを裏付ける
完璧な技術を持ち合わせているようだった。

快楽にのぼせたままバスルームを出た。しばらくして、彼女が出てきたのだが
白いバスタオルを巻いて、髪の毛を後に束ねた姿は今まで見た全存在の中で
一番エロチックだった。この瞬間に彼女は僕にとって性欲の、汲めども尽きぬ
リビドーの全象徴となった。そのくらいインパクトがあった。
本当にやりたいのは、この女だ。その時そう確信した。
抱き心地が若い女の子とは全然違って、ある種の量感、質感があった。
僕らが女の体を好きなのは体脂肪が僕ら男よりも高くて、つまり体が柔らかい
からなのだが、そういった理想条件を彼女は全て揃えていた。
触っていてこちらがこんな気持ちのよくなる生命体は他になかった。
暑かったのだろうか、軽く額の汗をぬぐいながら煙草を吸っていた。
僕は彼女に近づいて煙草を受け取り灰皿で消した。そのまま手を伸ばして
バスタオルを取った。これから僕が溺れようとしている存在がそこにあった。

予想通りベッドの上でも全てが素晴らしかった。いろんな体位で
僕は彼女の中を突いた。彼女の声、リアクション、肉体の存在感
などなどに圧倒されて、また彼女が中から暖かく締め付けてくる
その気持ちよさに耐えかねて、僕は射精した。
いうまでもなく今までで一番気持ちのいいセックスだった。


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好み16 [好み]

僕らはもう一杯同じものを頼んだ。ママさんのほうは機嫌を直したらしく
僕にいろいろ話しかけてきた。さっきとはうってかわって明るい態度だった。
何かがふっきれたらしかった。
「それで、この前ね、いつものジムで泳いでいたらねえ、まあ、何回か私の
ことを誘ってくるインストラクターがいるんだけど、そいつがしつこいやつでねえ・・・・」
どうやらナンパされているらしかった。
ただ、話にあんまり集中できなかった。というのは、ママは自分の右手で
最初は撫でるように僕の二の腕をさすっていたのだが、僕の手を掴むと
握ったまま下へ降ろした。
カウンターの下のバーテンさんから見えない所へだ。
手のひらをあわせるように握っていたが、人差し指や親指ででこちらの
指や指の間を撫でたり押すようにして触ってきた。その間も
「まあ、いつもいくジムだし、そんなことで関係がまずくなって行きづらくなると
嫌じゃない、だから、一回デートすることにしたのよ」
と何食わぬ顔で話を続けていた。バーテンさんのほうもやや儀礼的ながら
「そうですか」
と会話に応じていた。会話の中ではママさんは口説かれる側だったが
実際には、現実世界では攻撃するサイドだった。
手を離すと今度は僕の太ももの上に手を置いて触りはじめた。
柔らかく、優しく、撫でるように。4本の指で強弱をつけながら
時々膝のほうまでいってはまた戻ってきた。そういったことを数分繰り返した後
今度は僕の内股のほうに進出してきた。
その間も
「それでねえ、相手は生粋のマッチョで自分のことをいい男だと堅く
信じ込んでいてね。まあ、確かに男前よ。だけど私はああいった
脳みそまで筋肉の男はねえまるでタイプじゃないわ。会話の
内容は本当に空っぽで・・・・」
と話し続けていた。
かなり飲んでいるにもかかわらず、僕は(といおうか僕のものは)結構な
勢いで勃起していた。
白いタイトスカートに包まれた腰、足の量感がすぐそこにあった。膝から下は
長くまっすぐヒールに向かって伸びていた。暗かったので今は見えないが
さっきお店に入る前に歩いている時にふと目がいったから覚えていた。
予想通りといおうか、こちらのほうに手を伸ばしてきた。ズボンの中で
充分に大きくなっているのを確認してから先のほうを指で撫で始めた。
親指を使ったり手のひらで軽くこすったり
どうすればこちらが気持ちいいかすべてお見通しのようだった。
こちらからもそっと手を伸ばしてミニスカートの上から太ももを触ってみた。
次に膝。ストッキングの感触が心地よかった。スカートの中は残念ながらここでは
無理そうだった。その時、ママさんの手が僕の下半身から戻ってきて自分の
膝の上にある僕の手に重ねられた。拒否反応ではなく、何らかの意思表示
確認らしかった。
「お勘定してくださる」
とママさんがいった。お店を出るらしかった。


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好み15 [好み]

僕らは近くのバーに入った。地下にある店でカウンターテーブル
二つだけの小さな店だ。カウンターの中にいるバーテンさんが1人で
やっているらしい。お客さんは他に神田さんぐらいの年齢の人が1人
静かにカウンターに座って飲んでいるだけだった。といってもかなり暗い
お店だったので、実際のところはよくわからない。意外ともっと年食っている
人かもしれなかった。僕とママははいってすぐのカウンターに腰を下ろした。
「いらっしゃいませ」
といってバーテンさんがすぐにおしぼりを出してくれる。
僕らはジントニック二つとミックスナッツを頼んだ。
飲み物が出てくると乾杯した。ママが煙草の火をつける前に
バーテンさんが灰皿を置いてくれる。その後ライターで火をつけてくれた。
「ありがとう」
煙草の煙を軽く吐き出した後、ママはそう答えた。
あちらは大人の女、どう見ても僕とは不釣り合い、不似合いだったがそういった
ことは表に出さないようにバーテンさんは振る舞っているらしかった。
ひょっとしたらこちらの被害妄想かもしれないがそんな気がした。あまり居心地が
よくなかった。ママのほうもこちらに向かずに、1人考え事でもするように
出されたナッツを食べていた。
「ここにはよく来るんですか?」
ママにそう聞いてみた。なんとなく会話がとぎれがちだったので場を繋ぐように
してみた。
「うーん。たまにね。でも1人じゃ来ないわね。女1人で来るのってなんだか
寂しげじゃない。いかにも水商売の女って感じで」
「そうですか」
「そうよ。人生に疲れたって感じで、煙草を不味そうに吸って、酔っぱらって
バーテンさんに絡んで」
そういってカウンターの向こう側バーテンさんに微笑んだ。
「私はそこまで酷くないわよね?太田さん」
どうやら太田さんという人らしかった。
「ええ、今のところは」
「まあ、随分ね。でも今日は男連れだから私に絡まれる心配はないわ。安心してね」
「わかりました」
「桜井君て彼女いるの?」
「いえ、いまはいませんよ。例の彼女に振られてから、さっぱりですね。特に太り
だしてからはなんにもないですね。浮いた話が」
「そうだったっけ?」
「ええ、そうです」
そういって僕は美香との一連の話を繰り返した。既にいろんな人に何回も繰り返した
話だったが
ママには初めてらしかった。
「最近、久々にあったんですけどね。あまりの僕の変貌ぶりにショックを受けて
いましたよ。うまく言葉にできないようで、ひどい神経痛や歯痛に苦しんでいる
ような表情をしてました。なんだか逆にこっちがすまなくなりましたね」
「へえ、そうなの?」
ママがおかしそうに聞いてくる。
「ええ、あいつは面食いで一応イケメンと付き合っているという自負があった
らしいんですがその辺の認識が根底から崩れ去って耐えきれないようでした」
「啓太君、今でもいい男よ、私の好みからいうと」
「ありがとうございます」
正直いって意外な台詞だった。太ってから人に褒められたことなど無かったからだ。
「ねえ、もう一杯飲まない?」
「いいですね」
僕はそう答えた。


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好み14 [好み]

神田さんはすぐに戻ってきた。
「おい、俺悪いけど帰るわ」
そういって1万円札を出した。
「えっ?もう帰っちゃうんですか?」
僕はびっくりしてそう聞いた。だってここに来ようっていったのそもそも神田さん
じゃないか。にもかかわらず、席について5分と経たないうちに帰ってしまう、とは
どういうことだろうか?ちょっと理解できなかった。僕の表情を読み取ったかのように
「実は、今晩都合が悪かった子が急に会いたいっていいだしてな。まあ誰かは
聞かないでくれ。お前も知っているやつだからな」
なるほど、それでさっきから、一緒に飯食っているときからしきりとメールを打っていたわけか。
おおかた会社の他の部署の女の子だろう。どこの誰かは具体的にはわからなかったがなんとなく
そう想像できた。
「というわけで、ママさん俺は先に失礼するわ。じゃあお先に」
「はいはい、わかりました」
ママが儀礼的にやや皮肉を交えてそう答えると、それには反応せずに目で会釈をすると
神田さんは出ていってしまった。
「どうしたの?なんかあったの?」
神田さんがいなくなったあとでなにやらがらんとしてしまった店の中で、ママが僕に
そう聞いてきた。
「さあ、どうも今まで駄目だった女の子が急に脈有りになったみたいですよ。
「そうなんだ。それであんなに慌てふためいて出ていったわけね。いそいそと
待ち合わせ場所に出掛けていくというわけか」
「らしいですね」
確かにあまり格好いい構図ではなかったがそんなことも考える余裕もないようだった。
「今晩その子とえっちできそうなのかなあ?」
出し抜けにママがそう聞いてきた。
「知りませんよ、僕はそんなこと。大体相手も誰だか教えてくれないんですから。
あの人、意外にそういった所秘密主義で口が堅いんですよね」
「そうか。でも神田君のことだから遊びだろうね、きっと」
「でしょうね。僕もそう思います」
以前神田さんが口にしていたセックス=お払い説が頭に浮かんだが
敢えて口にはしなかった。どう考えても常人に理解される論法ではなかった
からだ。
「ねえ、啓太君、今日はさあもうお客さん来ないから、お店を閉めるわ。
これから私とどこかに飲みに行かない」
ママが出し抜けにそういった。
「いいですねえ。いきましょうよ」
自分でもびっくりするくらいすんなりと言葉が出てきた。
「じゃあ、ちょっと外で待っていてくれる」
ママがそういった。


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好み13 [好み]

「そう、いつもはサラリーマンの制服姿ですよ。今日の僕はどうですか?」
と神田さんがやや自嘲的な口調で聞くと
「まあ、神ちゃんはすっかりおじさんだからねえ。ジーンズはちょっともう
似合わないわね」
とママがいった。
「そりゃお褒めにあずかり光栄です」
と神田さんはややむっとした表情で答えたのがママはそれを無視して
「うん、啓太君のほうがまだ似合っているわよ」
といった。
「え、こいつも似たようなもんだぜ」
と神田さんが抗議する。
「なんせめちゃめちゃ太っただろう。だから学生時代に着ていたものが全部
着られなくなって買い直した所だよ。そういう意味では小綺麗にしているの
かもしれんが」
「まあ、そんなことはいいからひとまず乾杯しようよ」
とママが話をそこで打ち切った。乾杯した後にすぐに元の話題に戻ったのだが。
「でも、そうねえ、確かに太ったわよねえ」
「だろ!!」
と僕に対する質問にもかかわらず、神田さんが横から熱を込めて同意した。
どうやらふとっちょ仲間ができたことがよっぽど嬉しかったようだ。
「なんせ、こいつ今俺より体重あるんだぜ」
そんなことまでいわなくてもいいのに・・・・・
「へえ、今体重どれくらいあるの?」
ママがこっちに聞いてくる。
「90キロあるかないかですね」
別に隠すほどでもないので本当のことを答えた。
「ふーん。じゃあ入社してからどれくらい太ったの」
「約20キロ太りました」
「それは結構な数字ね」
「そう、だからたまには運動が必要だろうと思っていっしょに打ちっ放しに
いったんだけどね。その後、散々、飲み食いしちまったから、トータル
ではプラスだよな」
「ですね」
苦笑しながっら僕も同意した。確かに今日のビールは旨かった。そういった意味で
運動した甲斐はあったのだがあれだけ食べたら逆効果だった。
その時、神田さんの携帯が鳴った。神田さんは誰かと話すために部屋を出て行った。
ここだと少し電波の入りが悪いからだ。


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好み12 [好み]

まずは生ビールで乾杯した。
「うめえぇぇつ!!」
二人で同じ台詞を一度にいった。確かに今日のビールはひと味違った。
僕らは、煮こみ豚足、鶏肉のカシューナッツ炒め
菜包(もち米の生地に切り干し大根、挽肉などを炒めた具を入れて
蒸したもの)、シジミのニンニク醤油漬け、海鮮と五目野菜のおこげ
などを次々と平らげた。生ビールを1人三杯づつ飲んだ後、かめ出し紹興酒
に切り替えた。
最後の蟹とレタスのチャーハンをやっつけた後はさすがに満腹だった。
「よし、ママさんのとこ行ってみようぜ」
マイルドセブンを吸い終わると神田さんがそういった。
「じゃあ、そうしましょうか」
僕もそう答えた。

お店は駅の裏側だったが歩いて5分ほどの距離だ。
外に出るといつのまにかすっかり辺りは暗くなっていた。
夜になって気温が下がってきたようだったがこちらはすでに
たっぷりとお酒を飲んでいたのでむしろ心地よかった。酔いがいい具合に
冷めていく感覚だ。通りにはさっきより多くの人々が歩いていた。
晩飯時でみなこれから友達や彼女とごはんを食べたりしにいくらしい。
どういうわけだかそういう時の女の子というのは僕には皆綺麗に見えるらしい。
すれ違う男女の女の子のほうをさりげなくチェックしながら、人を避けながら
そんなことを考えていた。きっとこれからの時間をとても楽しみにしながら
ワクワクしているからだろう。やがてバス通りの端っこにある例の雑居ビルに
着いた。入口から入ってエレベーターに乗っていつものドアを開けた。
「あら、いらっしゃい」
ママさんの声だった。こちらのボックス席に(いつも僕らが座る席だが)
1人で腰掛けていた。こちらを見てすぐに立ち上がる。
「どうしたの?土曜日に現れるなんて」
と神田さんに声をかけた。
「二人でゴルフの練習行ってね。で、その後○×で飯食って、いつもの勢いで
来てしまったみたいだ」
神田さんが苦笑しながらそう答えた。
「そう。まあなんでもいいわ。座って」
ママさんはそういって今まで自分が座っていた席を指し示した。
灰皿を片づけて、テーブルを拭き、カウンターの中に入って用意を始めた。
「でも、二人の私服姿を見るのははじめてだわ。いつもスーツだもんね」
酒瓶とグラス、氷の入ったアイスペール、ミネラルウォーターの瓶を並べながら
ママさんがいった。


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好み11 [好み]

最初は太っていると思っていた神田さんをシューマッハが周回遅れをパイロン
代わりにテークオーバーするように、あっという間に追い越してしまったわけだが
神田さんは
「お前、運動らしい運動なんにもやっていないだろう。当たり前だよ。俺と
一緒にゴルフでもするか」
とやや心配して誘ってくれた。ゴルフはあまり好きではなかったが今度
やってみようということになった。

その週の土曜日に神田さんとゴルフの打ちっ放しにいった。コースに出る前
にとりあえずもう少し技量をあげておかねばならない、が神田さんの意見だった。
それに対して僕もまったく異論が無く従った。
あまりに下手っぴで一緒に廻る人に迷惑をかけてもいけないと思ったからだ。
小一時間のレッスンとその後かごいっぱいの球を打つと(僕にとっては)けっこうな
運動となった。
確かにここのところ仕事ばっかりで何もしていないからなぁ。自分の運動不足
痛感させられた。
「明日は筋肉痛で大変だぞ」
神田さんにはそのように脅かされたが、確かにそうなりそうだった。肩は痛いし
膝はがくがくしていた。
23の若さにしては情けないことこのうえなかった。
「よーし、飯でも食いに行こうぜ。というよりビールが飲みたいな」
という神田さんのひとことでどこかにくりだすことになった。
いったん神田さんのマンションに車を置きに帰り、その後タクシーで目的地
に向かった。
「どこ行くんですか?」
とタクシーの中で神田さんに聞いてみた。
「○×はどうだ?」
と神田さんが逆に聞いてきた。よく行く台湾料理屋だ。ここでごはんを食べてから
ママさんのお店に行くのが、僕らの通常のコースだった。
ただし、今まで土曜日に行ったことはなかった。
ふと神田さんのほうを見ると携帯でメールを打っていた。どうやら、誰かと
約束があるらしい。
この人はいろいろと女の人の出入りがあるのだが詳しいことはわからない。
そうこうしているうちに目的地に到着した。駅前でタクシーを止めた。
僕を先に降ろして神田さんがタクシー代を払った。
僕の差し出す1000円札を首を振って無言で拒否すると、神田さんは
「腹減ったなあ、早く行こうぜ」
といって店のほうに歩き出していった。4月の暖かい夕暮れ時だった。桜は
ちょうど一週間前で終わっていたので、街を歩く人々は思いの外少なかった。
お店の中もいつもと違って閑散としていた。
愛想が悪い(というかそれが通常のビジネススタイルなのだが)奥さんが
いつものテーブルに案内してくれた。


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好み10 [好み]

「いや、でもなかなかすごいことですよ。大橋さんも神田さんには一目置いて
いるじゃないですか。前野さんなんかほぼ日替わりで怒られていますよ」
僕がそう反論すると
「ああ、あいつはとりあえずそれが必要だと思って上がそうしているけどな。やつも
馬鹿じゃないんであと二年もすればちゃんと色々できるようになるよ。
ただ、問題はその後だな。この仕事の欠点は同じことをやっていると
飽きるんだよ。だから転勤したり配置換えがあるんだ」
そうかもしれなかった。ただ皆さんにご迷惑をかけている以上僕の口から
そのような台詞を発する勇気は持ち合わせていなかったが。
まあ、ようするに一言でいうと仕事のほうはつまり結構順調だった。
この点恵まれていたと思う。
ただ、神田さんと毎晩のように飲み歩いて、その後ラーメン食ったり
とかしていたからだろうかこの頃から、僕の体重が急に増え始めた。入社
半年後にそれまでのスーツが着られなくなった。
10ヶ月後には入社直後に比べて約15キロ増えていた。顎は二重
にふくらみ、腹はたるみ二の腕はたぷんたぷんと波打っていた。裸になると
まるで布袋様だった。そして入社1年後には
ちょうど20キロ増えていた。68キロだった体重が今では88キロになっていた。
肥満は通常ある程度のところでいったん落ち着き、小康状態に
なるらしいのだが僕の場合は違った。
とめどもなかった。いったん溢れた水が堰を切って流れ出すように、いっせいに
僕の体の脂肪分が活発に活動を続け、毎日、毎日仲間を増やしているらしかった。
4月の暖かい日差しの中僕はやたら汗をかく男だった。去年までだったら、ただの
見苦しいデブと軽蔑していたどこかの他人が今の僕だった。鏡の中の自分
ははっきりいって別人だった。他の人から見てもショックだったようで久々にあった
美香は(あちらはまあ相変わらず可愛かったのだが)、待ち合わせ場所で
隣に立っていた僕にしばらく気づかずに僕が声をかけた瞬間に驚いて
「うわあ!!誰かと思った」
と目の前の現実を受け入れられずに、まるで僕が苦痛を与えたかのような
表情でそう叫んだ。
それにしてもさほど肥満体質ではなく生まれてこの方太ったことの
ない僕が(もちろん赤ん坊の時は別だが)
23になってなぜ突然太りだしたのだろうか?最近の自分と自身の生活
を分析してみた。
不規則な仕事、残業、そしてその後の夜遅くの夕食、その後のお酒とラーメン。
よくよく考えてみれば当たり前だった。これだけ高カロリーを連夜搾取していれば
誰でも太るに違いない。
きっと僕の肝臓はフォアグラのようにぴちぴちとしているに違いなかった。


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好み9 [好み]

「何を話しているの?二人で?」
この時、他のお客さんがいっぺんにどかどかと帰って解放されたママがカウンター
神田さんの隣の席に腰掛けた。早紀ちゃんは中で懸命に洗い物をしている。
「ああ、僕らの結婚観について語り合っていたんだ」
と神田さんがちょっとふざけた口調で答えた。
「神ちゃんはだめよ。結婚なんかできないわ。こんなところでいつも飲み歩いて
いるんだから」
ママがそういった。神田さんのグラスに氷と焼酎をつぎながら
「おまけに風俗でしょ。誰も女の人は寄ってこないわ」
そう付け足した。
「酷いなあ。そんないい方ってないじゃん」
神田さんはそういって抗議したが、相手を避難するより痛い所をつかれたという感じだった。
一瞬、虚を付かれたような表情を見せた後、いつもの神田さんに戻った。
「ま、俺の話はどうだっていいじゃん。ここにもっといい男がいるんだからさ」
僕に話を振ってピンチを切り抜けようとしていた。
「そうね。今度から啓太君の相手をしようかな」
ママはそういって僕の二の腕をゆっくりと撫でた。
「そうしてくれよ」
神田さんがほっとした様子だったので、僕はなにも突っ込まずにそのままに
しておいた。

そのようにして日々は過ぎていった。仕事は総じて順調で、かつ忙しくいつも
必ずなにか問題がありそれを解決するべき注力すると、片づいた後にまた
他の問題がどこからともなくもちあがってくる、という案配だった。ただ、問題
といってもあくまで大企業の仕事の枠組みの中での問題であって、いつも
何らかの道、方法、方便が用意されているのが常だった。当然それらの
レベル、難易度も様々で、僕や僕のアシスタント(といっても僕より年上でなお
かつ仕事の質、量ともに上で、知識、ノウハウも段違いだった。なので彼女ら
頼みのことが実際多かった)解決できるもの、神田さんのところで未然に片づける
もの、大橋課長=植田部長のところに持ち込まれるもの様々だった。組織の上に
昇るにつれ難易度も上がるというわけだった。
僕が直面する、あるい不幸なことに僕が発生を促す問題のほとんどは、神田さん
が素早く片づけてくれた。この頃になってこの人の能力を改めて見直した
のだが、本人にいわせると
「こんなものはルーチンワークだ。やり方を覚えれば猿にでもできる」
ということらしかった。そうはいっても自分ができないことを鮮やかな手並みで
こなされると羨ましく思うのが人情だった。


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